線路際の『ロマンス』を求めて

2020年12月08日 小田急小田原線
鉄道写真家 助川康史
大手関東私鉄の『小田急電鉄』はご存知だろうか。鉄道ファンには言わずと知れた有名大手私鉄だが、『小田急』という愛称は鉄道ファンでなくても聞いたことがある人も多いのではないだろうか。

現在、小田急電鉄は小田原線・江ノ島線・多摩線の3路線を持ち、どの路線も大都市新宿と東京・神奈川のベッドタウンを結ぶ通勤路線である。さらに小田原線は関東の一大観光地である箱根を結ぶ観光路線として戦前から多くの人に親しまれていた鉄道線だ。そんな小田原線には昭和生まれのベテランから、今年誕生した最新鋭車両まで数多くの列車たちが韋駄天のごとく活躍している、中でも注目されるのがその名も高き『ロマンスカー』だ。戦後まもなく登場した特急用車両1900形が冠した愛称は歴代の特急用車両たちに脈々と受け継がれ、現在は個性的な4種類の特急用車両がその名に恥じぬ魅力を放っている。しかしながら『ロマンスカー』という愛称はなんて素晴らしい響きだろうか。旅への期待感や憧れ、そして想いがその名から溢れてくる。私も車両に、そしてその名に惹かれ何かと足が向いてしまう。

年の瀬が近づく12月8日、また『ロマンスカー』を撮影したくて朝から向かった。もちろん会社のストック写真、映像を増やすという仕事でもあるのだが、今回はどんな作品が撮れるのかも秘かに期待していた。
鉄道写真家 助川康史
撮影場所は厚木以南。先ずは手始めに『売れ線』である編成写真から・・・、と行きたいところだが線形からして編成写真は昼以降。ということで東海大学前~秦野で鍛錬も兼ねた流し撮りから始めた。ロマンスカーのなかでも、展望席がありスタイリッシュなサイドビューの50000形VSEや70000形GSEは真横の流し撮りにはぴったりだ。ちなみに私は三脚のスイングを利用した流し撮りをよくするのだが、そこで活躍するのがマーキンスの自由雲台 Q20i-BK ノブシュータイプだ。ニコンの超望遠ズームAF-S NIKKOR 200-500㎜ f/5.6E ED VRという重量級のレンズを載せてもガタつくこと無く、実に滑らかにスイングしてくれるので気に入っている。普通列車や30000形EXEα、50000形MSEで感覚をつかみ、いざメインディッシュの50000形VSEの『スーパーはこね7号』。撮影地はビニールハウスから突然飛び出してくるような場所なので、練習していたとはいえやはり緊張する。だが自分の感覚を信じて姿を現した50000形VSEを落ち着いて捉える。線路の手前にあるススキを活かした躍動感のある一枚に仕上がった。
鉄道写真家 助川康史
50000形 はこね(小田急線)東海大学前-秦野
NIKON Z 6II / AF-S NIKKOR 200-500㎜ f/5.6E ED VR / F25 1/40秒 ISO100
次は富水駅近くの撮影地へ移動だ。ここは昼頃から順光になる編成写真の名撮影地だ。狙うは小田急ロマンスカー最新鋭の70000形GSE『スーパーはこね9号』。丹沢山地に近いこの場所は、地形のためか天気予報が晴れでも雲が湧くことが多い。実は2度ほどこの場所で同じ70000形GSEを狙ったことが有るのだが、どれも曇ってしまい撃沈。だが今日は雲一つ無い快晴。背景の空に雲が無いと寂しい感じもあるが、この撮影地だけは雲が無いことで安心感が倍増だ。やがて現れた70000形GSEは順光に照らされたローズバーミリオンが眩しいほど鮮やかだ。シャッターを押す前から手応えを感じつつ、完璧な一枚をようやく3度目の正直で撮ることができた。そのほか3種のロマンスカーの編成写真も手堅く撮り、ストック写真の撮影もノルマ達成というところだろうか。
鉄道写真家 助川康史
70000形 はこね(小田急線)栢山-富水
NIKON Z 6II / AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8E FL ED VR / F8 1/3200秒 ISO800
意気揚々と次の50000形VSE『はこね21号』を撮るべく渋沢~新松田の大俯瞰ポイントに行ったのだが、到着して唖然。昨年の台風19号の土手崩壊の補修工事が終盤になったのか、以前無かった大型クレーンが稼働しており時おりアームが画面に入ってしまう。50000形VSEが来るときにアームが画面に入らなければ良いと思っていたが、実際は50000形VSEと同時にアームも登場。まあこればかりは致し方無し。工事が終了した頃にまた来ようとリベンジを誓った。

この時期は15時を過ぎると光は赤味を増す。正確な色味が重要でもある編成写真には向かなくなってくるのでこれからは作品撮りの時間だ。場所は伊勢原~鶴巻温泉の田園風景。輝く夕陽をバックにイメージ的な鉄道風景を撮ることもできる。
鉄道写真家 助川康史
50000形 はこね(小田急線)伊勢原-鶴巻温泉
NIKON Z 7 / NIKKOR Z 14-30mm f/4 S / F9 1/1000秒 ISO1600
先ずは50000形VSEと夕陽を輝かせたイメージ通りの鉄道風景を撮影。これでも満足だが、本番はこれから。陽が沈んだ後の徐々に空が藍色をまとい始めるブルーモーメント(マジックアワー)が私の好きな時間だ。60000形MSE『はこね26号』がちょうどよい時間に通過する。メタリックブルーのボディも空の色にマッチするだろうと期待した。撮影設定はより印象的に仕上げるために1/4秒のスローシャッターでの流し撮りに挑戦。ハーフNDフィルターを入れて空の色味も濃くしておく。ロマンスな舞台を仕立ててロマンスカーを迎えるわけだ。そしていよいよ60000形MSEが登場。超広角レンズながらやはり1/4秒というスローシャッターでの流し撮りは難しい。だがモニターに現れた画像は、深い青味に加え、赤味が残る地平線の部分に50000形MSEの姿が浮かび上がっていた。なにより超スローシャッターでの流し撮り効果が相まって一段と美しい作品に仕上がっている。ロマンスな作品が撮れたことへの嬉しさに思わず雄叫びを上げてしまった。
鉄道写真家 助川康史
60000形 はこね(小田急線)伊勢原-鶴巻温泉
NIKON Z 7 / NIKKOR Z 14-30mm f/4 S / F13 1/4秒 ISO100
不完全燃焼な時も有ったが、終わりよければすべて良し。最後の最後に良いものが撮れるとその日は最高の撮影日和になる。天候やトラブルによる遅延、突然の車両運用の変更など、鉄道写真も人生同様、思い通りにならないことも多い。その都度喜怒哀楽の様々な感情が撮影現場で生まれるが、それが鉄道写真撮影の醍醐味でもある。別に綺麗な路線や特別な風景の場所ではなくも、普段見慣れた路線でその感情が味わえるのも鉄道写真撮影の素晴らしさの一つだ。これからもその喜びと楽しさを求めて、私はカメラ片手に線路際をさまよい続けるだろう。
鉄道写真万歳!
鉄道写真家 助川康史
写真家 助川康史
助川康史
1975年生まれ。 秋田経済法科大学法学部卒業。 東京ビジュアルアーツ写真学科卒業後、鉄道写真家の真島満秀氏を師事。 (有)マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズ勤務。 鉄道車両が持つ魅力だけでなく、鉄道を取りまく風土やそこに生きる人々の美しさを伝えることをモットーに日本各地の線路際をカメラ片手に奮闘中。 鉄道ダイヤ情報(交通新聞社)や鉄道ジャーナル(鉄道ジャーナル社)などの鉄道趣味誌や旅行誌の取材をはじめ、JTB時刻表(JTBパブリッシング)やJR時刻表(交通新聞社)の表紙写真を手掛ける。またJR東日本などの鉄道会社のポスターの撮影も精力的に行っている。
日本鉄道写真作家協会(JRPS)理事
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